ささ、それではパート1に続きましてパート2です。
今回は12種類の中でも前田がよく使っていたスロイダー、フロント・スープレックスにスポットを当てて見て行こうと思います。
前回も書きましたが、スロイダー、フロント・スープレックスはレスリングのグレコローマンスタイルで使われる正面からの投げになります。このふたつは見た目は大変似ていますが、基本形は相手の腕を片方だけ上からホールドして投げるスロイダーの方の形になりますね。通称“反り投げ”なんて呼ばれています。
ではこのスロイダーの基準となる画像をまず見てみましょう。これは82年1月の元旦決戦、猪木vsボックにてボックが放った一発です。ボクの見た中では一番基本に従った形の投げになっていると思うので、まずこれでご説明します。今回はキャプチャーに挑戦です。うまくいくかな?
画像1
まず画像1です。向かい合った状態でボックが右腕を出そうとしています。これはいわゆる胴タックルではなく“差し”て組んでいく形ですね。そしてちょっとしたポイントはボックの親指が上を向いているところです。
画像2
次に“差し”に入ります。相手の脇の下に腕を入れますが、前へ習えのように単にまっすぐ腕を伸ばしているわけではなく、ひねりながら前に出すようにします。
ボックの右腕を見ていただくと若干ヒジが上がっているのがわかります。肩とヒジをやや上げながら、ヒジから先は親指を下に向けながら腕を前に出していくんですね。いわゆる“かいなを返す”というやつです。
そして同時に右足を出していきます。同時に右足を出しながら差す、こうすることで腕だけの挿入でなく、体全体を連携したうえでの差しになり、動きが生きてくることになります。
画像3
さあ、右腕が入りました。ここでボックはクラッチしますが・・・
画像4
猪木は投げを察知してグンと腰を落とします。さすがです。
このためボックの右足が離れてしまいました。腰も離れてしまっています。そして猪木のタイツがボックのタイツよりも下にきているのが確認できると思います。これを覚えておいてください。
画像5
猪木に察知されてしまいましたが、しかし投げたいボックは体勢を再び投げへ。右腕を肩から上げ気味に深く入れ、左腕は脇を締め気味に下へ組みます。
画像6
開いてしまった体を戻すべく、ボックは右足を前へ出し右構えの体勢に持っていきます。
これも前回ちょっと書きましたが、反り投げやるときの基本として相手の重心より低く入るというのが重要になるんですね。
重心は人間の体、ちょうどみなさんの体の中、膀胱ですね。おしっこ溜めるところです。ここに鉄の玉、そうですねぇ、ちょうど砲丸投げの玉よりちょっと大きい鉄の玉が入っていると思ってください。
この相手の鉄の玉を下から上げるには、自分の鉄の玉を相手の鉄の玉よりも下へ持っていく必要があるんですね。なので上の画像ではボックのタイツの方が猪木のタイツよりも下になっている、つまりボックの鉄の玉、重心が猪木の鉄の玉よりも下になっている、ということになります。
逆に先に説明した猪木が投げを察知したシーンでは猪木のタイツがボックのタイツよりも下になっているんですね。ということは重心位置はどうなっているでしょうか?みなさんもうおわかりですね。
さあ、投げますよ!!
画像7
体勢ができたボックは左足を相手の方に寄せ、もはや投げる寸前の体勢。右足は相手の股に入っていますね。あとは自身の鉄の玉で相手の鉄の玉を跳ね上げ反るばかりです。
画像8
まさに教科書どおり、基本的で、そして見事な投げです!!ご覧ください!!
画像9
画像10
と、こんな感じですね。
ジャーマン・スープレックス・ホールドやバックドロップ、いえいえ、プランチャーやフライング・ボディアタックなどの飛び技だってそうですね。胸から体を預けていく場合と、この鉄の玉のあたりから体を預けていく場合では、見た目も効果もちがいが出てきます。初代タイガーマスクなんかはこれがバツグンにうまかったですね。
体の重心の使い方、預け方で効果が大きく変わるわけですね。何気ないこんな点にも、実は奥が深い意味が込められている場合が多々あります。プロレス見るときにこういった点も見られれば、またちがった視点でも楽しめるようになれるので・・・まあ細かいことなんですけんどね、おもしろいと思うので、よかったらほんのちょっとでも気にしてみていただければと思います。
さて次に78年11月に行われた欧州選手権での猪木・ボック戦でボックが1ラウンドに出したスロイダーを見てみます。同じボックの投げですが、こちらは先ほど基本形として説明したものと少々ちがいます。見ていきましょう。
画像1
組んでいます。ボックの右足が猪木の股にありますね。このあと左足を送って投げの態勢に行きます。が・・・先に紹介したのとすでにちょっとちがうところがあります。お気づきでしょうか?
そう、猪木の顔の位置ですね。先ほどの元旦決戦のときはボックの右側、右肩の上に猪木の顔がありましたが、この画像では左側にありますね。基本形、この投げの練習などをするときは先に紹介した画像のように猪木の顔が右肩から見えるような体勢で行うんです。しかし、これは左側です。どういうことなんでしょうか?
画像2
左足を送り沈みました。投げます!!
画像3
猪木の頭の位置に注目です!!
画像4
画像5
最初のと比べてみてみましょう。
どうでしょうか?まったく意味がちがうと思いませんか?
レスリングのグレコローマン・スタイルでは、反る方向こそ人によってありますが、ボックの反り方向であれば基本的には右肩の上に猪木の顔が来るはずです。プロレスの試合でも同じく通常は“頭は自分が反る方と逆側にくる”のがほとんどなんですよね。
ブラッド・レイガンズ
ジャンボ鶴田
ジョー・マレンコ
サルマン・ハシミコフ
ゲーリー・オブライト
しかしながら、実際のレスリングの試合のときに頭の位置がこの体勢になるまでは~、とか、この体勢になるまでは技かけない~。なんてやってたらもちろん投げられません。そう、いけそうなときは頭が逆に来てようが相手の手が逆に出てようが、投げれる体勢になったら技を出さないとダメなんですようおぉー!!
ということは、そう・・・ボックの投げはプロレスにおける投げ技の役目、ダメージを与える、スタミナを奪う、フォールに行く、この3点よりも、とにかく投げる!組んだら投げる!!ことに重点を置いた実践的すぎる投げ方だったと・・・こういえるのではないでしょうか?
その象徴的シーンがこちら、同じく欧州選手権での猪木戦の最終ラウンドです。フロントからロープ越しに猪木に場外に落とされたボックは目尻を切って流血してしまいます。その後、もう一度同じやり方で場外に落とされ・・・頭に来たのか?リングに復帰すると組みついてこのフロント・スープレックスです!!
画像1
プロレスファンとしてフロント・スープレックスを知っている人なら、こ、これがフロント・スープレックス・・・ぜんぜん感じがちがう!!格闘技をかじったことがある人なら、こんな体勢から技が成り立つなんて・・・よく投げれるなぁ~。レスリング経験者だと、これ、まるっきりグレコの試合じゃないか!!
とまあ・・・そんな印象ではないでしょうかね?
今でこそ、新日本のストロング・スタイル、UWF、そして総合格闘技という時代を経てきたことで、このような投げを見るのにも抵抗なく、また理解もできるかもしれません。しかしご紹介したように、これは1978年のプロレスのリング上でのシーンなんですよね。
古くはサンダー・ザボー、ギデオン・ギダ、ジョージ・ゴーディエンコ。そしてカール・ゴッチ、ビル・ロビンソン・・・レスリング出身のレスラーには、これと同じことができたかもしれません。でも、ダメージを与える、スタミナを奪う、フォールに行く、この3点を重視したプロレスの試合において、組んだらとにかく投げる!!こんな実践的な、そして危険が伴う投げ方を行う必要がなかったんだと・・・だから、このときまで見ることがなかったシーンだったんだと思うんです。
そしてそれは、その後に来日したボックの試合では見られなくなり、もうプロレスのリングでは目にしないであろうと思われました。しかしです。前田日明によって、再びリングで、ボクらは目の当たりにすることになります。
というわけで!!本当はパート1、パート2で終わる予定でしたが、勢い余ってパート3に参ります!!