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Channel: 団塊Jrのプロレスファン列伝
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タイムスリ~ップ・ザ・87年度

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どうも!!流星仮面二世です!!


さて、遅くなってしまいましたが、3月12日(13日になってしまいましたが)ですねぇ~。老若男女、新旧問わずの期待の中、プロレス総選挙が放送され、みなさんの間で話題沸騰になりました。


遅ればせながら・・・いやぁこれは、まずやってくれたことがよかったですね。放送されると知ってから、何日も前から友人、知人、家族とで予想しあって、放送日を楽しみにして待ちました。こんな風にプロレスの放送を心待にしたの何年ぶりだったかな。なつかしく、うれしい感覚でした。


しかし、当日は放送時間がね・・・残念なことになってしまいました。あれがゴールデンだったらなぁと悔やまれてなりません。次回がもしあればバッチリなゴールデンに期待したいと思います。


ランキングのおさらいです。


20位アンドレ・ザ・ジャイアント

19位真壁刀義

18位ハルク・ホーガン

17位蝶野正洋

16位橋本真也

15位ケニー・オメガ

14位天龍源一郎

13位小橋建太

12位武藤敬司

11位長州力

10位スタン・ハンセン

9位三沢光晴

8位獣神サンダー・ライガー

7位ジャンボ鶴

6位棚橋弘至

5位力道山

4位オカダ・カズチカ

3位初代タイガーマスク

2位ジャイアント馬場

1位アントニオ猪木


うん、これはなかなか奥が深い、見事なランキングでしたね。一方で、言いたいことは山ほどあるんですが、長くなっちゃうんでそれはまたの機会ということで・・・


さて、このように今回2017年に記念すべき地上波テレビでのプロレス総選挙が行われたわけですが・・・実はかつても、プロレスにはこういうものがありました。もうピンと来ている方もいらっしゃると思います。そうですね、いろんなプロレス雑誌で行われていたプロレスラー・ランキングです。


今回は、年度末に合わせて時代はちょうど今回のプロレス総選挙から30年前の87年度にタイムスリップです。当時、週刊ゴングに掲載されたプロレスラー・ランキングにスポットを当ててみたいと思いますよ。


ではまず、ランキングに行く前に87年度の世の中の出来事を少々。


この年は国鉄が民営化、名称がJRに。それから大韓航空機爆破事件。金賢姫という名前をよく耳にしましたねぇ。耳にしたといえば俵万智のサラダ記念日もこの年でした。スポーツはマイク・タイソンがWBA、WBC、IBFの統一王者に。それから広島カープの鉄人・衣笠祥雄が引退。横綱の双羽黒、北尾が廃業。陸上のベンジョンソンが100mで世界新を出しながらドーピングにより記録が無効に。ありましたね~。芸能はマイケル・ジャクソンが来日。ソロとしては日本初公演を行いました。あと石原裕次郎が死去。尾崎豊が逮捕と・・・こういう感じであります。


続いて87年度の当時のプロレス界の出来事を振り返ってみましょう。



87年度プロレス史


87年4月

・ギブアップまで待てない!!ワールドプロレスリングがスタート

・猪木とマサ斉藤が両国国技館でプロレス史上初のノーロープ手錠マッチ

・上記の試合を長州、マシーンなどが観客席から観戦。新日本復帰を思わせた



ギブアップまで待てない・・・当時はイヤだったが、今となってはなつかしい



おれたちがテメェたちを折ってやる!!興奮したっけなぁ


6月

・馬場さんがラジャ・ライオンと最初で最後の異種格闘技戦

・天龍が原とタッグ結成。天龍革命が烽火を上げる

・長州が2年8ヵ月ぶりに新日本復帰。新日本のリングで試合を行う

・猪木がIWGP大会4連覇。この大会を最後にIWGPがタイトル化。優勝した猪木が初代王者となる

・上記の試合後、長州がリングに上り藤波、前田らに呼びかけ世代抗争が勃発する



どんな試合になるのか?興味を持って見入った結果は驚きの裏十字固めだった



天龍があらゆるレスラーに刺激を与えた革命のスタートだった。原がよかった



今しかないぞ!!おれたちがやるのは!!長州の言葉はいつもファンの心を掴んだ


8月

・新日本が19、20日と両国国技館でサマーナイト・フィーバーIN国技館(2日連続)開催

・日本武道館で天龍革命後、初めての天龍vs鶴田のシングル戦が行われる。天龍がリングアウトで勝利

・アニマル浜口が引退



天龍vsジャンボの、この頃の全日本を見てプロレスファンになったという人は多かった。納得だ


9月

・ギブアップまで待てない!!ワールドプロレスリング終了

・ジャパンプロレスが完全消滅。谷津嘉章らジャパンの残留組は全日本プロレス入り


10月

・猪木とマサ斎藤がプロレス史上初の巌流島決闘

・日本武道館で革命後、二度目となる天龍vs鶴田戦。天龍が反則勝ち



何がふたりを動かしているのか・・・今までにない戦いを見せるふたりから目を離せず、すっと見入っていた。思い出す・・・



11月

・長州顔面蹴撃事件が起き、前田が無期限出場停止になる

・新日本プロレスのリングにたけし軍団登場。TPG(たけしプロレス軍団)として猪木へ挑戦状

・全日本プロレスにブルーザー・ブロディ、アブドーラ・ザ・ブッチャーが復帰。世界最強タッグへ出場

・ハンセンとブロディがタッグで対決



プロレスの“夢の対決”という言葉の最後が、この対決だったのかもしれない



何がどうなってしまったのか・・・まだ中学生だったボクには難しい問題だった



12月

・ビートたけしが87イヤーエンドIN国技館に登場。TPGの刺客としてビッグバン・ベイダーが日本初登場

・同日、国技館で暴動が起きる

・ハル薗田が飛行機墜落事故により死去



ついにリングに登場したビートたけし。今考えるとすごいことだ



薗田の奥さんへのプロポーズの言葉は「残りの人生、僕に下さい」だったという。当時、悲しかった・・・



88年2月

・ダンプ松本、大森ゆかりが引退

・前田が新日本解雇処分



クラッシュと天を二分した存在だったダンプの引退。時代が大きく動いた日だった


3月

・スタン・ハンセンが試合中に天龍の蹴りを食らい失神

・全日本のインター、PWF、UNの三冠タイトル統一の流れが強くなる



外国人トップレスラーが全日本のマットの上で失神する。広い意味でこれまでにない出来事にはおどろかされた


この他に天龍が試合で輪島への妥協なき攻撃を展開したり・・・



86年はいい年だったが、打って変わって87年にはこれでもかというほど苦汁を飲まされた輪島。なんかかわいそうな気がした


あと謎の海賊男出現など、思い起こせばいろいろありました。



手を変え品を変え出現しまくった海賊男。結局なんだったんだろうか・・・


はい、というわけでございます。


それではこの辺を頭の片隅に入れながら87年度のランキングを振り返ってみましょう。ランクは日本人部門、外国人部門とありましたので一緒にご紹介します。同率の場合はその前後が該当なしになっています。画像はなるべく87年度内の様子をと思い収めましたが、どうしてもないものがあり多少前後しています。



87年度プロレスランキング

20位


日本人部門

藤原喜明


外国人部門

ボブ・バックランド(同率20位)



ロックンロール・エキスプレス(同率20位)


世代抗争ではナウ・リーダーの位置だった藤原が日本人部門で20位。外国人部門では、87年の時点ではプロレス界から身を引き実業家になっていたバックランドだったが20位。そしてこの時点でまだ未来日だったロックンロール・エキスプレスも、こちらも20位と健闘しました。



19位


日本人部門

キューティ鈴木


外国人部門

リック・マーテル


日本人部門にはジャパン女子プロレスのキューティ鈴木がランクイン。いやぁ~19歳の頃のキューティ、かわいいなぁ~。ものすごくかわいい。外国人部門では87年は日本ではそこまで目立った活躍はしてなかったような記憶なんですがマーテルもランクインしています。



18位

日本人部門

阿修羅・原


天龍革命で男を上げた原が18位に。外国人部門は17位が同率の為いませんでした。



17位


日本人部門

風間ルミ


外国人部門

ケリー・フォン・エリック(同率17位)



ディンゴ・ザ・ウォリアー(同率17位)


日本人部門には、こちらもジャパン女子プロレスのセクシーパンサーこと風間ルミがランクイン。デビュー以来キューティ人気が急上昇し忘れ去られてしまってましたが、実は風間ルミの方が当初アイドルレスラーとして売り出され、都会の流星というレコードデビューまでしていました。外国人部門ではエリックファミリーのケリーと、のちのアルティメット・ウォリアーのディンゴ・ザ・ウォリアーがランクイン。この時点ではまだ未来日だったことを考えると大健闘でしたね



16位


日本人部門

木村健吾


外国人部門

TNT


87年初め、藤波との抗争で名を上げた木村が16位。外国人部門では87世界最強タッグでブッチャーのパートナーとして活躍したTNTが初来日ながら高評価を得ました。トラースキックはプロレス史上最高でしたね。



15位

日本人部門

マサ斎藤


外国人部門

リック・フレアー


アントニオ猪木との数々の激闘や世代抗争での活躍が評価されたマサ斎藤がランクイン。リック・フレアーはさすが王者の貫禄といったところでしょうか。そういえばこのベルトに変わったのは86年か87年ですね。最初は評判悪かったベルトですがNWAからWCW、そしてWWFと渡り歩き、価値が上がりました。



14位


日本人部門

武藤敬司


外国人部門

バズ・ソイヤー


ペースローンウルフ時代の武藤がランクイン。この頃の武藤はとにかく動きがよかったですね。体もよかったなぁ。ソイヤーはパワースラムの名手でしたね。いいレスラーでしたが、あんなに早く逝ってしまうとは・・・



13位

日本人部門

スーパー・ストロング・マシーン


新日本へカムバック後、世代抗争を挟みながらも前田と戦いたいと対戦を直訴。好勝負を展開し評価を上げました。なんでも万能にこなすレスラーでしたね。外国人部門は12位が同率の為いませんでした。



12位

日本人部門

山田恵一


外国人部門

ドリー・ファンク・ジュニア(同率12位)



クラッシャー・バンバン・ビガロ(同率12位)


対UWFや船木との骨法コンビで人気だった山田が12位にランクイン。ドリーはこの87年でもこのランク。根強い人気でした。そしてこの年、一大センセーショナルを巻き起こしたのはビガロでした。当時デビュー2年弱でありながら、その試合運びはベテランも真っ青のテクニック。猪木をはじめ日本陣営をおおいに苦しめました。



11位

日本人部門

高田伸彦(延彦)


外国人部門

テリー・ゴディ


IWGPのジュニアヘビーで活躍していた高田でしたが、87年はIWGPタッグ王者として活躍。87ジャパン・カップ争奪タッグリーグ戦では武藤と組みスピーディーな連携でファンを魅了しました。ゴディは最強タッグでのハンセンのパートナーとしての活躍が評価され11位。この後、全日本でトップとして君臨していく、まさに布石の年でした。


10位


日本人部門

タイガーマスク(三沢)


歴代タイガーマスクの中で唯一ヘビー級となった三沢タイガー。天龍革命に対抗しながら87年度は自身の猛虎7番勝負でフレアー、天龍、デビアス、ジャンボと好勝負を展開。88年にはAWA世界タイトルにも挑戦し活躍しました。外国人部門は9位が同率の為いませんでした。



9位


日本人部門

長与千種


外国人部門

ミル・マスカラス(同率9位)



ダイナマイト・キッド(同率9位)


クラッシュの人気に気を取られがちですが、魅せるという点でもレスラーとしてトップクラスだった長与千種。この人のスープレックスは本当に素晴らしかったですね。覆面のまま飛行機登場可能、パスポート所持可能という伝説を持つ世界的知名度だったマスカラスは87年度は一度も来日していませんでしたが(全日本へは86年が最後の来日)9位と、ベスト10入りはさすがです。キッドはWWFで86年末の試合中に椎間板を損傷する極度の重傷を負い、普通なら引退しなければならないところを3か月で復帰し周囲を驚かせましたが、これが祟ってか選手生命に影響が出てしまいました。キッド、立っている姿を見ているだけで吸い込まれてしまいますね。カッコよかった。



8位


日本人部門

ジャイアント馬場


外国人部門

オーエン・ハート


87年度は49歳という年齢でしたが、今に思えば49歳であれだけ動けていた馬場さんはやはり偉大でした。この辺の現役としての凄さとプロモーターとしての顔、力が評価されてのこの順位だったのでしょうね。外国人部門は87年は天才児といわれたオーエンが待望の初来日を果した年。確かこのときはデビューして2年に満たない頃でしたが、素晴らしい動きでファンを魅了しました。しかしこのとき、オーエンがあんな壮絶な最期を送るとは誰が予想したでしょうか・・・



7位


日本人部門

谷津嘉章


外国人部門

テリー・ファンク


ジャパンプロレスの騒動で所属選手がいなくなった中、ジャパンの火を守るべく孤軍奮闘。そして全日入りし鶴田と組んで支持を得た谷津が7位。テリーは世界最強タッグへファンクスとして出場し全日本へUターンしてきたブッチャー、ブロディらと激闘を繰り広げ根強い人気を誇ってランクインを果しました。


6位


日本人部門

藤波辰巳(辰爾)


外国人部門

ハルク・ホーガン


飛龍革命の前年のこの年は全日本から戻ってきた長州軍迎撃、そして世代闘争ニューリーダー軍のリーダーとして活躍していた藤波。いつの時代も藤波がいた。だからプロレスを安心して見れたんですね。ホーガンはこの頃には日本とは疎遠になっていましたが、それでも人気は高く、6位という順位でした。



5位


日本人部門

ジャンボ鶴田


外国人部門

ディック・マードック


天龍、ブロディとの戦いで力を発揮した鶴田。全日本に鶴田ありをおおいに見せつけました。マードックはUWF勢、長州軍がいて世代抗争している最中でも薄れぬ存在感で魅了。外国人でありながら新日本での年末のジャパンカップ争奪タッグリーグでは猪木と組むなど活躍しました。それにしても格闘技が強いレスラーは今でもいるかもしれませんが、ケンカに強いレスラーって聞かなくなりました。マードックのようなレスラー、また見たいですね。


4

日本人部門

アントニオ猪木


外国人部門

スタン・ハンセン


新世代の頭角と自身の体力の衰退を隠せなかったこの頃の猪木ですが、それでも人気は健在の4位。世代抗争でのマイクアピール、巌流島で戦いをしようという発想。ああ~猪木やっぱり猪木だなぁ~と思うときが多々ありました。偉大なレスラーです。ハンセンはマードック同様、天龍革命やブッチャー、ブロディらのUターン組がいる中でも色あせず、不動の外国人エースとして君臨しました。



3位


日本人部門

前田日明


外国人部門

アブドーラ・ザ・ブッチャー


長州軍のUターンで影が薄くなってきてしまっていた前田でしたが妥協なくファイトは支持を受け、中でもUWF派のファンの熱狂ぶりは絶大でした。年末は長州顔面蹴撃事件で新日本を追われる結果となってしまいましたが、これが新生UWFへと続いていくことを考えると、この年度前田のターニングポイントでしたね。一方、新日本参戦時は初めこそメインのレスラーでしたが、徐々にブラウン管から姿を消していったブッチャーも全日本Uターンで再ブレーク。馬場さんのライバルとして強くれ悪くてかっこいいブッチャーが復活。人気が大爆発しました。ブッチャーにとってもターニングポイントになった年度でありました。



2位


日本人部門

長州力


外国人部門

ザ・ロードウォリアーズ


全日本から新日本へ・・・年度初めから話題をさらった長州が2位。新日本のベースに全日本のノウハウを身に着けた長州のUターンは、その後の新日本のカラーに大きく影響しました。外国人部門では87年初めにインターナショナルタッグ王座も奪取、プロレスファン以外にも知られる圧倒的人気を誇った暴走戦士がランクイン。この年はハードスケジュールながら3度来日。この辺りもランクングに影響したようです。



1位


日本人部門

天龍源一郎


外国人部門

ブルーザー・ブロディ


この87年度は天龍革命で大活躍した天龍と、全日本にUターンして同じく大活躍したブロディが1位でした。これは当然だったと思います。とにかくアツかったですよ。よかったなぁ・・・


いかがでしたでしょうか?う~ん、なるほど!!っと、こうね、今見てみて当時のことを思い出しながら、こう唸っているファンの方、多いと思います。かと思えば、現在プロレスを見ているファンは、多くがまだ生まれていないか、小さい頃だったのではないかな・・・そう思うと、なんだか不思議な気持ちになります。


しかし、30年ですよ。こんな長い時間を挟んでいるのに、ひとつのものを見続けているなんて、素晴らしいことなんでしょう。ボクはこれが趣味で、本当によかったと思います。


最後まで、どうもありがとうございました。


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