探偵「68年2月を最後にグレート東郷が日本へ現れることは二度とありませんでした。その後、東郷は何をしていたのでしょうか・・・」
先輩「日本のプロレスから完全に消えた東郷だったが、69年1月にルー・テーズと組んで"トーゴー&テーズ・カンパニー(ナショナル・レスリング・エンタープライズ )"という団体の設立案を突如ぶち上げたんだ。もちろん日本で活動する団体ってことでだよ」
探偵「あれ?ということは、東郷は69年にも来日していたということなんでしょうか?」
先輩「これは団体の立ち上げ話こそ調べれば出てくるんだけど、東郷の来日に関してはわからなかった。わかっていることは、この情報をキャッチした日本プロレスに東郷の計画が強烈に阻止されたということかな」
探偵「日本プロレス、本当に徹底してますね」
先輩「ああ~。他には東郷側は設立に向けNET、フジなどテレビ局への交渉もしたということだけど、これもうまくいかなかったという・・・結局、団体構想は日本では何ひとつ煮詰まらず終わってしまったようだ。その後、同年8月にはNWAへの加盟を申請したそうだが否決され、結局そのあとは何もなく、そのまま話は消滅し終わってしまったということだよ」
探偵「うーん、しかし先輩。何度か話に出てますが、東郷は海外ではプロレス関係に顔が利くわけですし、プロレス以外の事業も順調で食うには困らなかったわけですよね。言ってみれば、そのままでもよかったわけですよ。それなのにアメリカ在住の東郷が、なぜわざわざ日本でプロレス団体を作ろうとしたのか・・・その意図がボクにはどうもわかりません」
先輩「確かにな。金儲けのため、だけじゃないような気はするね」
探偵「日本プロレスへの復讐?」
先輩「ああ~もしかしたら、あったかもしれないな。自身の新しい団体を人気にして興行戦争で日本プロレスを圧迫させ、やがて潰すみたいな・・・日本プロレスに散々やられた東郷の報復ってあたりかもね」
探偵「しかし日本プロレス側に早々カウンター食らってしまったと・・・」
先輩「そういうことなんだろうね。そして結局これが現在にまではっきりわかる形で残っている東郷のプロレス、最後のプロレスだろう」
探偵「これが大悪党最後のプロレスか・・・」
先輩「ああ・・・でもね、おれたちここまで・・・生い立ちからずっと東郷を調べてきたわけだよね。東郷に関する有名な話や事件、言われもたくさん出てきて、本当にいろいろ調べたよ。調べたけど、ひとつだけ・・・わからなかったことがあった。なんだかわかるか?」
探偵「え!?なんですかそれは!?」
先輩「東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとした、って話だよ」
探偵「え?先輩、最後の最後に何を言ってるんですか?それは日本プロレス時代からレスラー、関係者にファンに至るまで、よく知られてる話じゃないですか。莫大な財産にものを言わせてなんて」
先輩「じゃあ聞くけど、東郷はいつ、どうやって日本プロレスを乗っ取ろうとしたんだ?」
探偵「それは・・・あれ!?どうやって・・・!?」
先輩「わからないんだよ。
"日本プロレスを乗っ取ろうとした"
って言葉は確かに出てくるんだけど、乗っ取ろうとしたという経緯や根拠や証拠は一切出てこないんだよ」
探偵「本当に・・・これも、これもないッ!!こんなに長い期間、詳しく調べたのに集めた資料にない・・・馬場さんアメリカ定着計画は経緯や金額までハッキリした資料があったし、大木金太郎引き抜き工作も引き抜きから阻止までの過程もハッキリした資料がありました。外国人レスラーボイコットの件も書いてある本が存在してて・・・これまでの事件には確たる証拠がありましたよ。でも、東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとした話が書いてあったものがない!!ネットでも、どこにも出てこないですよ!!」
先輩「陰謀・・・だったんじゃないだろうか?」
探偵「う、嘘の情報だったと!?」
先輩「ああ過去に・・・プロレス界で起こった事件や出来事というのは、なんかしらの形で詳細が出てしまうものだった。アントニオ猪木の日本プロレス追放事件、新日本プロレスのクーデター事件、全日本プロレスのキッド・スミス引き抜き事件、新生UWFの崩壊など・・・そのときの状況、関わった人物、確執など、いろんな視点から紐解かれた事件の真相が昔のゴングの増刊号とかにはね、この類の特集はよくあったんだ。知識と探求心があり、熱心な記者やライター、評論家たちが詳細に調べ克明に記したものがあったんだよ」
探偵「確かにそういったのありましたし、今なお、当時の事件を改めて検証して出される書籍もあります。本当に真実に迫った内容のモノから、商用目的で出されてるウソ交じりの感じのものまで・・・多々ありますよ」
先輩「そうなんだよ。でも東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとした話は、今だかつて誰も書いてない。触れてないんだよ。竹内宏介さんや門馬忠雄さん、菊池孝さん、桜井康雄さん・・・このあたりなら過去に書いていてもおかしくないはずなのに、誰も残していないんだよ。おかしいと思わないか?」
探偵「おかしいです・・・日本プロレスを乗っ取ろうとしたなんて歴史的大事件のはずですよ。でも、これほどの出来事なのに、いつ、どのようになって始まったとか、こう企んでいたとかこう計画していたとか、こうしてダメになったなんて証言が、ひとつも出てこないなんて・・・」
先輩「そうなんだよ。だから、この件に関してあるのは
"東郷は日本プロレスを乗っ取ろうとした"
っていう
"言葉"
だけなんだよ」
探偵「思い返せば思い返すほど・・・力道山が亡くなったあと日本プロレス側は東郷に何もさせないうちに、すぐ日本から出て行かせました。それこそ間髪入れずにです。そしてトルコに襲われた事件。これが日本プロレスを乗っ取ろうとしたからだと思っていたファンは多かったはずですよ。でも実際はTBSプロレスに関することでの事件で、日本プロレスの乗っ取りとはまったく無関係だった」
先輩「結果、日本プロレス時代では乗っ取る段階に行けてないし、TBSプロレス時代では日本プロレスを乗っ取ろうとしていない。だから・・・東郷は日本プロレスは乗っ取ろうなんてしてなかったんじゃないだろうか?」
探偵「日本プロレス乗っ取りは、東郷を嫌う一派が東郷を嫌うあまり、これ以上ないほどに悪者にしたりするために流したデマ、プロパガンダだったのか・・・だから誰も内容を書けず"言葉"だけが現在まで残ったのか」
先輩「真実はわからないけどな・・・仮説としてはありえるだろう。とにかく東郷が日本プロレスを乗っ取ろうとしたという確固たる証拠が現在にまで世に出ていないのは確かだ」
探偵「いろんなことを知れば知るほど、東郷なんだなぁと・・・思えますね」
先輩「本当だな。さて、いよいよ最終章だ」
探偵「はい。プロレスから離れてもオーナーとして不動産業、自動車販売、飲食店経営が好調だった東郷は、食うに困ることはなかったようです。レスラー時代から、ロサンゼルスではセレブしか住めない西方地区のドン・イバラプレスというところに豪邸を構えていた東郷は、ここで妻の政枝さんと愛犬のチャピーと余生を送っていたようです(ドン・イバラプレスはビバリーヒルズにあったようですが現在詳細は不明です)」
先輩「ああ・・・何不自由なく過ごしていたんだろうね」
探偵「はい。しかし日本を去ってからわずか5年後、73年12月17日に東郷は患っていた胃ガンの手術後の経過がよくならず、62歳でこの世を去ります。常人では持てるはずのない"力"を持ち、有り余るほどの金と名声を手に入れた東郷でしたが、病には勝てなかったんですね。62歳、若いですよ。波乱万丈の大悪党の最期でした」
先輩「ああ、そうだなぁ・・・ところで日本を去ってからのこの5年の間、亡くなるまでに東郷を取材している人がいるんだ。まず2年前の71年の6月に桜井康雄さんが東郷宅を訪ねている記録がある。
東郷はこのとき
“リキさんはロサンゼルスへ来るとワシのウチに泊まるのよ。庭のオレンジをもいで食べたり、庭に転がったり、この部屋でワシと相撲を取ったりね”
と懐かしそうに語ったそうだ。そして自分の過去の話には
“子供の頃のことは、思い出したくもない”
と言い、家の話になると
“この家は、みんなワシの血でできたものなんだよ”
と誇らしげに言ったそうだ」
探偵「そうですか・・・短い言葉にも、なんか、東郷の人生が表されていますね」
先輩「そうだな。そして桜井さんのあと、同年の7月から8月くらいだろうか?ゴングから当時派遣記者としてアメリカに来ていた竹内宏介さんが、その時期に東郷を取材しているんだ。竹内さんはこの特派員時代、この取材で東郷と話したことが忘れられない思い出だったと語っている。この模様は昭和46年の別冊ゴング10月号に健在!流血の大魔王というタイトルで掲載されたそうなんだ。それがこれだよ」
探偵「先輩、ボクは今回の調査を進めていくうち、東郷のことは・・・やっぱりいろんな人に言われてきたような通説通りの、プロレスでも私生活でも大悪党な人間なんだと思ったんです。でも、力道山を懐かしんだり昔の話をしたりして・・・なによりこの顔。まるで別人ですよ。あの東郷とは思えませんよ。なんて優しい、そしてどこか悲しい顔なんだろう・・・」
先輩「遠い過去になってしまった日本でのプロレス。もう関わることはないと思っていた。でも、こうして桜井さんや竹内さんが自分のことを忘れず訪ねてきてくれたことが、うれしかったんだろうなぁ・・・」
探偵「東郷も人間だったってことですね・・・なんかジーンとしちゃうなぁ」
先輩「ああ。でも・・・感動しているところ悪いんだが、しかしな、まだ終わらないんだよ。まだな・・・最後まで東郷なんだなっていう妙な話があるんだ」
探偵「え?なんですか?」
先輩「力道山の秘書をしていた井上さんという方の話が“悪役レスラーは笑う-卑劣なジャップグレート東郷”に掲載されている。井上さんは日本プロレス時代から東郷と、東郷の奥さんからも大変な可愛がられていたそうで、東郷の自宅に行っては取り持たれたという」
探偵「あのエルビス・プレスリーの話をした井上さんですね。東郷夫婦から好かれていたんですね」
先輩「そうそう。なので東郷が死去したあと、どうしてもお墓参りをしたくて何度かロサンゼルスへ行ったらしいんだ。でも・・・」
探偵「どうしたんですか?」
先輩「いくら探しても東郷の墓がみつからなかったらしいんだよ」
探偵「み、みつからなかった!?お墓が!?そんなバカな!?レスラーとして知名度があれだけあって、実業家としても名前が知れててロサンゼルスでは顔が誰より効いてたんですよ!?マフィアにだって顔が効く東郷なのに・・・それなのに誰もお墓を知らないなんてあり得ないですよ!!」
先輩「おれも信じられない。死後100年も経ってるならまだしも、亡くなって間もない人のお墓が、わからなくなるもんなんだろうか・・・」
探偵「あ、家には奥さんいたはすじゃないですか!!奥さんならわかりますよ!!」
先輩「ところが東郷の住んでいた豪邸は亡くなったあと、すでに売られていて・・・奥さんの所在もわからなくなっていたらしいんだよ」
探偵「売られた!?一体誰が売ったんですか!?奥さんはどこに!?チャピーは!?」
先輩「わからない。こればっかりは調べようがないからね・・・」
探偵「そんな・・・」
先輩「あの豪邸も消え、奥さんも・・・そして当時にして50億円といわれていた東郷の資産も跡形もなく消えてしまったというんだ。東郷が亡くなったあとは、東郷のことは何も・・・わからなくなってしまったんだよ」
探偵「そんなバカな・・・生きていた痕跡がなくなってしまうなんて・・・」
先輩「おれらはプロレスを調べる専門の探偵だけど、やっぱり探偵だから・・・探偵のサガっていうのかな。物事を真っ正面からしか見ないなんてことはできない。上から下から斜めから、関連するものから、そして推理や仮定から、徹底的に見るよな」
探偵「それはそうですが、それが!?」
先輩「東郷は本当に胃ガンで亡くなったんだろうか?」
探偵「え!?あ!!ああ!!!」
先輩「なんてな。冗談だよ」
探偵「な、なんすかもう!!」
先輩「ははは!!ワルいワルい。でも東郷ならさ、そう言いそうな気がしないか?」
探偵「・・・そんな・・・感じだったんでしょうね、東郷は。そうやって生きてきたんだろうなぁ。最後の最後まで大悪党だったんですね」
ウーウーウー
先輩「あれ?なんだか外が騒がしいな」
探偵「本当ですね。何かあったのかな?あ、あれ先輩!!見てください・・・パトカーの先!!」
先輩「パトカーの先?あれは・・・フィアットじゃないか。しかしやけに古い型だな」
探偵「運転席ですよ!!」
先輩「うん?あ!!しょ、所長!!なんで!!まだ留置場にいるはずじゃ!!」
探偵「まさか脱獄したんじゃ!?」
先輩「バカな!?刑務所ならまだしも留置所を脱獄なんて聞いたことないぞ!!」
探偵「でも面会のとき着てた青いスーツ着てますよ!!」
先輩「青スーツ!!そういうことか!!」
探偵「先輩これは・・・これは見なかったことにしませんか?」
先輩「そうだな・・・メシ食いに行こうか・・・」
東京、池上本願寺・・・そこは日本プロレスの父、力道山が眠る場所です。
ボクが週プロやゴングを買えるようになった頃、12月15日の力道山の命日には、毎年力道山のお墓をレスラーが墓参りする姿が掲載されていては目にしたものでした。
まだプロレスファンとしても人間としても未熟だった当時のボクでしたが、そこからボクは偉大ということは、こういうことを言うんだなと学ばせてもらいました。
こうして・・・日本プロレス界の父には、今でも毎年、少なくとも年に一度は必ず人に思い出してもらえる日が来ます。
でもグレート東郷が今のプロレス界で、人に思い出される日はほとんどありません。いや、プロレス界を除いたとしても・・・もう、ないのかもしれません。
貧しい家に生まれ、差別を受けた。思い出したくもない幼少期を過ごし、やがて戦争で悲劇に会った。苦労の連続だった。しかしたったひとりで這い上がり“力”を手に入れ、裸一貫で富を築き上げた。
東郷の行くところ、いつも騒ぎがあった。事件があった。金が動き人が動き、嫌われ、好かれ、頼りにされ、潰され、憎まれ、喜ばれた。その度、リングに花が咲いた。血の花が、咲いた。
しかし、その花が咲くことは、もはや二度とありません。だから咲いている花は見ることができません。
でも人間には心があります。だからボクはたまに・・・その花を思い出して、そして地球上のどこかにあるはずの東郷の眠る場所へ、そっと置いてみようと・・・思っています。
大悪党よ、永遠に・・・
最後までありがとうございました。