それから・・・約8か月が過ぎていた。
選手達の素晴らしいファイトとは裏腹に、常にその経営状況の危機がささやかれてきた旧UWF。それでもフロントや選手は一丸となり、まさに戦ってきたのだったが・・・当時社長だった浦田氏が自ら
「このシリーズが限界」
と発言してしまった最後のシリーズ、格闘技プロスペクトは風雲急を告げていた。
それに加えて85年9月2日。崩壊の引き金となってしまった事件が、とうとう起きてしまった。そう、あの大阪府臨海スポーツセンターでの前田・佐山戦だった。
このマット上で自分たちがやっていることは、そしてやっていくのはプロレスなのか、シューティングなのか・・・その激しい感情がリング上で爆発してしまったのだった。
試合後、やりきれない気持ちでいっぱいだった佐山・・・一方の前田はその後、練習中の負傷という理由で欠場してしまった為、結局これが旧UWFでの前田の最後の試合となった。
運営体系、スポンサー・・・そして選手同士の確執まで露わになってしまった旧UWF。最悪の不協和音が鳴り響く中、格闘技プロスペクトは最終戦の9月6日と9月11日の後楽園ホールでの2連戦を残すのみとなった。
そんな2連戦の9月6日。公式戦として、最後の最後でふたりの戦いが、ふたりだけのシーンが実現したのだった。
UWFのリングでシューティングを展開していった佐山。それに三行半を叩きつけるような形をとった前田。
そして、高田は・・・
ふたりの最後の対決のゴングが鳴った。
序盤からグランドで佐山を攻め、優位に立っていた高田。5分過ぎ、立ち上がるとなんと張り手で佐山から先制のダウンを奪う。そして・・・
あ!!
高田の左ハイが佐山をとらえた。あの佐山が蹴りでダウンした!!
佐山を蹴り倒し、見下ろす高田・・・もう格闘技地獄変で戦った高田でも、初めてレガースを付けた日の高田でもなかった。たくましくなった肉体、人目に付かない深夜のジムでの特訓・・・佐山の目の前にはこの1年半で別人のように成長した高田が、まさに立ちはだかっていた。
前田は“おれにはおれのシューティングがある”と言った。
藤原は“おれはシューティングという言葉は好きじゃない”と言った。
佐山は“UWFでボクの目指すシューティングは無理だった”と言った。
だが・・・プロレス、シューティング。もはや、そんなものはどうでもよかった。高田が過ごしてきたこの時間で、高田が見つけた一つの答え・・・
それは自分が高田延彦というレスラーということだった!!
カウント9・・・佐山は立ち上がった。
完全に先手を取られた佐山は反撃に出る。ハイ、ミドル、ロー、そしてソバットと蹴って行き、ダウンを奪い挽回に出る。
やはり早い!!
しかし高田もミドル、ソバットで対抗。もう高田には蹴り負けなんてなくなっていた。
両者のめまぐるしい攻防に後楽園のファンの目は釘付けとなり、興奮度も最大限になっていた。心配だった経営状況、そして選手間の確執・・・でもここにはそんなものはなかった。確かにある事実、それはお互いが、思いっきり戦っていたということだった!!
やがてグランドで連続してアームロック、レッグクラッチと畳み掛けていった佐山は最後に高田の足を決め・・・
最後のアキレス腱固め
13分44秒という時の流れを最後に、高田と佐山の人生で最後のシーンは飾られたのだった。
何もいらなかった。肉体と肉体がぶつかり合う戦いにルールも確執もいらなかった。そして同じフレームに収まることがなかった、お互いを語ろうとしなかったふたりに言葉なんかいらなかった。無言でも、高田は佐山と戦うことで成長し、佐山は高田と戦うことで高田を引き上げていっていたのだ。戦うことが語り合うことだったのだ。
それがふたりのすべてのシーンだったのだ。
地球が誕生し45億年。この途方もない時間の中で生命は生まれ・・・あるものはその能力、適応力を発揮しながら長い間、種をつないで生きてゆき、あるものは絶対的な支配力、強力な力を持ちながら絶滅していった。こうして歴史は繰り返されてきた。
約5億年・・・カンブリア紀と呼ばれるその時代はそれ以前にはなかった、生命の大発生があったという。カンブリア大爆発と呼ばれるこの現象では、現在に生きる生命のほとんどの種が誕生したとされる。まさに万物の創世記と言っていい時代だった。
突然発足され、半ば強引とも取れる集められ方をしたレスラー達から始まった旧UWF。だがそこは強さを持つものが適応していきながら生き残り、またある者は進化をし、そして力のないものは去っていくという、地球創世記にも似た、生命の繁栄、生存競争にも似た様相を呈していた。
やがて新日本、新生UWF、そして日本の格闘技へ・・・みんな彼らを主に枝分かれしていった。
だから・・・ボクはこの旧UWFという時代は、プロレス界のカンブリア紀であったのではないかと思えてならないのだ。
9月11日、最後の試合を終えたあとの、旧UWF最後の集合写真
もう2度と戻れない時代。そんな短い時代の中で高田と佐山が過ごした時間・・・
前田と佐山のような、前田と高田のような、そんな思い出され方はされない、語られない・・・いや、みんな覚えていない、いやいや、もしかすると知らないのかもしれない。
でも・・・ふたりが過ごした時間は、確かに存在していた。